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全身を駆け巡る治療薬

免疫学研究の次の波を支える科学

アクセル・ヘルナンデス・ジュニア

米国マサチューセッツ州ウースターにあるアッヴィのバイオリサーチ研究所にて

2019年8月7日に米国本社のホームページに掲載されたオリジナルテキストの日本語翻訳版です。

旅とは、途中で終わるものではなく、目的地まで続くものです。ならば、間違いのない相棒を選ばねばなりません。

抗体-薬物複合体(ADCs)は、まさにこのような旅をします。ADCsは治療を必要とする細胞だけに治療を提供します。オンコロジー(がん)領域では、ADCは、患部近くの正常な組織には損傷を与えずに、化学療法でがん細胞を破壊することを目指しています。アッヴィの研究者は現在、このADC技術を利用した標的免疫療法、特にステロイドの投与による自己免疫疾患の患者さんの治療について研究しています。

リサ・オルソン博士(免疫領域バイスプレジデント)は、「私たちは、免疫を利用して標的細胞を殺そうとはしていません。細胞の気分を変えて、“怒らないように”しようとしています。免疫細胞内にステロイドを送り込める抗体を入手できるか、そして送達後、ステロイドが細胞内で適切に機能するかどうかが、大きな問題です」と言います。

科学者約10人だった専任チームは、すべてを明らかにするために、科学者50人にまでふくれあがりました。

ステロイドへの賛否両論       

免疫介在性疾患は、免疫系の異常な活動によるものです。遺伝的素因と環境要因が関係すると言われていますが、その原因は誰にもわかっていません。免疫システムは、最終的には、風邪から深刻な病気に至るあらゆるものから私たちを守ってくれるものです。しかし、一部の人々では、免疫系が過剰に反応したり、自分自身の体を攻撃し始めたりして、関節リウマチ、乾癬、クローン病などの疾患を引き起こします。

ステロイドは非常に効果的な抗炎症薬である可能性がありますが、身体の一つのエリアだけでなく全身の多くの細胞に影響を与えます。1950年代に免疫介在性疾患の治療薬として導入されたステロイドは、私たちの体が自然に合成しているホルモンの効果を模倣し、患者の免疫系を抑制して症状の抑制に役立ちます。

マレック・ホンチャレンコ医学博士(グローバル免疫開発部門バイスプレジデント)は、ステロイドは炎症を収める効果に優れていると同時に、正常で健康な細胞に悪影響を与える可能性があると言います。

「ステロイドは体内でハンマーのように働き、複数の細胞を麻痺させます。人体の様々な細胞型に存在するグルココルチコイド受容体に結合するため、免疫疾患の原因となる病原細胞と、正常細胞とを識別しないのです」(ホンチャレンコ博士)

抗体‐薬物複合体(ADCs):止まることのない旅   

免疫学の科学者は、免疫システムについて、そして、なぜ一部の人では、免疫システムが関節や皮膚、腸を攻撃するようになるかについて、分子レベルで理解しています。アッヴィの免疫学チームの科学者たちは、ステロイドが一部の患者に役立つことを知っていましたが、全身に適用されると、忍容性がよくない患者さんもいました。ステロイドを届けるべき場所に導く方法を見つけられれば、新しい治療アプローチにつながる可能性があります。

ここで体中を巡るADCの出番です。

オンコロジー領域では、ADCは、標的とするがん細胞に治療法を届けることで知られています。がん治療に用いるADCには三つの部分があります。特定のタンパク質を標的とする抗体、ペイロードとしてがん細胞を攻撃する毒素、そしてこの二つを接続するリンカーです。免疫介在性疾患に用いるADCも、抗体とリンカーは同様です。ただし、ペイロードは毒素ではなく、免疫細胞の応答を正常化するための免疫調節薬です。

免疫学チームは、オンコロジー領域のADCから二つの重要な教訓を学びました。一つは、体内でのADCの安定性と結合部位の化学的性質です。免疫治療用ADCは、分離せずに血流に留まって標的細胞に到達するために、岩のように安定している必要があります。もし不安定なら、ペイロードを早期放出してしまい、副作用を引き起こしてしまいます。二つ目は適切なペイロードを選択することで、さらなる研究のためにステロイドが選択されました。

アッヴィの免疫学チームは、適切なリンカーとペイロードの組み合わせを探索するのに5年間を費やした

通常、免疫細胞は何もせずに体中を循環しますが、外来抗原に遭遇するか、自己免疫疾患で調節不全になると、活性化して炎症を引き起こすタンパク質である腫瘍壊死因子(TNF)のようなサイトカインを分泌すると、 アッヴィのボブ・ストッフル(免疫創薬領域シニアディレクター)は言います。

「私たちは、免疫細胞の活性化中に、TNFが細胞表面に発現し、TNFに結合した抗体が細胞内に移行することを発見しました。このことはアッヴィの免疫学領域の科学者が、活性化あるいは炎症を起こした免疫細胞を標的に、ステロイドのペイロードを送り込むのを助けてくれました」(ストッフル シニアディレクター)

リンカーは、薬と抗体の間の接着剤として機能します。標的細胞に到達したときだけにペイロードを放出するのはリンカーの働きによるものです。リンカーは、血流中では薬を抗体に結合させ、免疫細胞内では薬物を放出する必要があり、その開発に数年間かかります。アッヴィの免疫学チームは、全ての適切な組み合わせを見つけるために、5年以上をかけて。100を超えるリンカーと200を超えるステロイドペイロードの組み合わせを研究しました。

開発免疫学チームは、可能性のある新しい治療法を研究室から引き取り、安全性試験や有効性試験を含む臨床研究を管理します

「これら全ての研究から、血液中では安定していて、ペイロードを放出するタイミングを知っている分子を構築するリンカー技術の魔法のソースを得られました。私たちは、大きな治療指数を得られるリンカーとペイロードの組み合わせを特定したのです」(オルソン博士)

特定の組織でのステロイドの望ましくない活性は血液バイオマーカーで測定できるため、チームはステロイドバイオマーカーを使用して適切なリンカーとペイロードの組み合わせを導きました。

「この研究は、関節リウマチなどの免疫介在性疾患の患者さんにとって重要なものです。多くの患者さんが寛解に至っていないのですから。アッヴィの科学者たちは、こうした患者さんに提供できる新しい選択肢を研究し、より良い未来への希望を提供することに取り組んでいます」(ホンチャレンコ博士)